Three Months Journey.

アニメのレビューしたり、音楽について書いたり、取り留めのないブログです。

異世界テニス無双騒動について。

 

matome.naver.jp

togetter.com

 

 

 経緯については上記を見てもらえればそれなりに理解できると思う。

 発表当初は望公太先生のファンとして、色々な感情が重なりカッとなって必要以上に攻撃的な発言をしてしまった事を認めて、まずは謝罪したい。

 問題のツイートは自戒のため消していないので残っているが、見ても誰も得するような内容ではないし、不快になる人もいてもおかしくはないため引用はしないが、今後はこのような事の無いよう勤めて行きたいと思っています。

【追記1/29 10:00:発言を撤回し、攻撃的なツイートは消しました。理由としては拡散し私自体へコメントをすること自体は構わないのですが、拡散した当人ではなくそのフォロワーなど不特定多数の"意図しない"受け取り側が傷つくようなツイートは消した方が良いという判断からです。なお、消したものに関しては完全に意見として撤回したものととってもらって構いません。】

 

 

 さて、しばらく時間が経ってネットの様々な意見を見て冷静に物事を考える余裕が出てきたので、自分の考えを整理しようと思う。

 なおこの記事は基本的にテニス無双ファン側から主観をまとめるが、テニプリファン側を批判するつもりの内容ではない事をここに明記しておく。

 情報があまりにも爆発的に拡散されていて、このままではテニ双ファン側もテニプリファン側も誰も幸せにはなれないの思いこの記事を残す。

 

 

 まず、一番の問題点としては望公太先生の作品におけるオリジナリティの欠如であることはまず間違いない。

 他人の生み出したネタを自分の作品に取り入れそれを発表した時点で、「望公太先生は一切悪いことをしていない」なんて言うつもりは毛頭無い。

 テニスの王子様ファンがそれに対して憤ることは当然であり、そこに関しては誠心誠意望先生は対応して然るべきであると思っている。

 と言うより、別に大概のテニスの王子様ファン側には特に問題点見当たらないと言ってもいいだろう。

 捨て垢を使って情報の拡散を測っている行為が見られるが、それは別に自衛の行為としては基本的に正しい。(と筆者は思っている)

 ツイッターでの問題提議ツイートでの無断で画像を転載している云々は悪いことでないとは言えないが、それについては様々な状況を顧みて当記事では一旦スルーさせていただく。

 

 では双方の主張が衝突してしまうのは何故か。という部分にスポットを当てて考えていきたい。

 

 その要素として考えられるのはパクリ、パロディ、オマージュ。という曖昧な線引き。

 これらの言葉は、人によって解釈が違うものである。しかもこれはテニプリファン側とラノベファン側で別れている『と言うわけでもない』。

 そこがこの問題の厄介なところで、

 テニプリ側の『パクリだから許さない』『パロディでも金儲けに使うな』etc...

 ラノベファン側の『パクリではないから問題ない』『パロディだけどやりすぎた』etc...

 と言うように同勢力間でも千差万別であるのだ。

 

 だからそもそも前提の認識としてズレているので衝突が起きてしまう。

 正解なのはAかBかという簡単な議論ではなく、人によってそれぞれの正解があるので、味方同士の意思疎通も取れずにお互いの勢力の"個々"が暴走をしている事態にある。

 

 

 では、そもそもそれら言葉の違いとは『広く』どのように『解釈』されているのか。

dic.nicovideo.jp

 

 筆者の考えと一番近い解釈をとりあえず引用する。

 要約すると。

 『パクリ』は盗用で元ネタを"伏せて"コンテンツを受け取る側(今回の場合は読者)に純粋な自分の創作物であると【騙す】行為。

 『パロディ』は"笑いをとる"ために、他人のネタを自分の作品に取り入れる行為。大概は読者が【元ネタを理解していないと面白くない】と感じるものなので元ネタは○○であると読者に理解されるように意識して創作する。

 『オマージュ』はパロディと非常に近い意味で、多くは【この作品を私は尊敬している】ということを主張するために作られるもの。元ネタを明確にしない場合もある。

 

 基本的にパクリは悪いことでパロディとオマージュはその限りではない。という認識をされている。

 

 と解説したところで申し訳ないが、筆者はこの問題に関して言葉の認識の違いは【あんまり関係ない】と思っている。

 

 正直、先ほどの大百科のページの一番下のパクリと著作権侵害という欄に書かれている 、

著作権侵害親告罪であり、侵害された元作品の権利者が訴えた時点で成立するものである。たとえそれが無断の引用や転載であったとしても、被害を受けた当事者が訴えない限り裁判を起こし法的判断に持ち込むことは出来ない。つまり、パクリ作品に対して第三者が「著作権違反だ!」「犯罪だ!」などと法的な判断を持った言葉で相手を責め立てるのはお門違いである。

ニコニコ大百科 パクリより

 

 ということがこの問題に対して一番主張したいことなのだが、これも一種の個人の意見であることは変わりないし、それではテニプリファンに対して少し不誠実だと思うので、もう少し踏み込んだ話をしたい。

 

 

 問題は内容よりも『望公太先生の対応である』という意見が比較的多く見受けられる。(もちろん総意ではないことはわかっている)

 当記事筆者である僕自身も望先生の対応について、完璧であったとは思っていない。別の言葉で別の方法で情報を発信していれば、これほどの問題にはならなかったのではないだろうか。

 

 テニプリのファンの一つの意見として「愛や尊敬が感じられないからこの作品は許されるものではない」という意見がある。

 それに対して「愛があるのかジャッジするのは原作者許斐先生本人でありテニプリファンがすることではない」という反論もあるが、とりあえずそれは置いといて、僕としてはテニプリファンを『法的に問題ない』で突き放すのではなく、どうにかその胸につっかえた不快感を取り除くために努力したい。

 何故なら良い関係を築けないままいがみ合ったままだと、もし逆の立場になった時に困るのが僕らラノベファンであるからだ。エンタメの世界では争いは本当に何も生まれない。

 

 まず、そもそも望先生に本当に『愛』はなかったのだろうか。

 僕個人としては"否"だと思っている。だからこそこの記事を書こうと思ったのだ。

 

 確かに望先生は出版前後、ツイッターにてテニスの王子様という具体名を出すことはなかった。これは筆者の主観でしかないがそれは伏せていたというわけではなく、『テニスの王子様』という具体名を出すことによってその行為自体が不誠実で不確実なマーケティングになると思っていたのではないだろうか。

 テニスの王子様の公式なスピンオフでもないのに「テニスの王子様をオマージュしました!」なんて発言をしたらテニスの王子様好きな人に対してのマーティングになってしまう。(それで本当に買うかは置いといて)

 ちょうどいい時期なので話題に出すが、今期放映されているポプテピピックというアニメは豪華声優陣を起用することで話題になっているが放映前に「誰々と誰々が声優です! なので見てね!」というマーケティグは一切行わず、直接アニメをみた視聴者の知識と認識能力に頼るというブラックボックスのような形を取りパロディとして昇華させている。(本当は寒いだけから解説などしたくないのだけど)

 そもそもパロディとはそうあって然るべきなのだと思う。パロディ作品を「パロディ作品である」と大々的に明言するのは、逆にパロディ以外のオリジナルの要素を潰すことになりかねない。テニスの王子様を好きな人に無理やりこの作品を買わせても異世界転生の面白さがわかりにくく、また別のテニプリ発祥ではない小ネタが伝わらずに終わってしまう。(一応ネタバレに考慮しているので曖昧な書き方ですみません)

 だからこそ、作者は元ネタはテニスボーイです! と茶化したり、反応する側に判断を任せるようなマーケティングを行なったのだとおもう。

 

 そもそも、異世界テニス無双という作品は、作中で主人公が異世界に転生してからは『一度たりともテニスというスポーツを行なっていない』のであって形式としてスポーツモノでは一切ないのだ。

 例えばこれが異世界に転生して現実世界ではありえない魔法を使う超人たちと『テニスの試合をする』ようなそれこそ"パクリストーリー"であったのならば望公太特有の面白さは全くでなかったであろう。

 この物語はテニスボールで倒せるはずのないドラゴンや魔法使いを、あの手この手で文字通り【倒す】のが現実離れしていて面白いのであって、テニス技術がどうこういう話ではない。(テニプリもそうだろという意見が出そうなのも重々承知してますが、筆者としてはテニプリはしっかりとした"スポーツモノの青春ドラマ"だと思っています。)

 オリジナル要素ではないものが含まれているのは確かだが、最初から最後までテニプリの要素で作品の面白さを埋め尽くしているのでは決してなく、超人的なテニス技術を持った主人公が、ラケットとボールだけ持って異世界に転生し世界を救うという"アホみたいな"ファンタジー小説なのである。

 そもそも僕のような一オタクが何故こんなにも声をあげているのかというと、「この作品がめちゃくちゃ面白かった」からなのだ。他のものに埋もれるような作品で終わってはいけない名作だと判断した上で「次巻は出ない」という状況に絶望して、ついつい最初は声を荒げてしまった。

 まぁこんな記事を書いたからといって誰にも読んでもらえないだろうし、その決定が覆ることはほぼ100パーセントないが……。

 まぁ、だから何? と言いたい気持ちもわかる。ここまで問題が大きくなったらそんなこと知ったこっちゃないと言われてもしょうがないのは確かだ。でも、テニスの王子様のいいとこ取りだけした模倣作ではないという『僕個人の意見』を述べさせてもらった。

 

 望先生がテニプリのファンであることは上のまとめを読めば理解していただけると思うが、本作のあとがきには(本文の引用はしませんが)具体名は出さずともテニプリへの愛が溢れていて、さらにはテニプリにめんどくさいツッコミをしてバカにする人たちへの"怒り"すら語られている。

 まぁここら辺は受け取りようの問題でもあるだろうが、とにかく主張したいのは、望先生はこの作品を通してテニスの王子様という作品をバカにしているわけではなく敬意で溢れているということだ。

 望先生が本作に対して「ふざけている」と発言したことが取り糺されているが、それはテニスの王子様がふざけたネタを多用した作品であるという意図ではなく、超人テニス『を』こんなふざけたネタに『昇華』させてしまって申し訳ない(ネタとして)という意味であることは本作を読んだ人ならすぐに理解できるはずだと思う。

 

 

 

 さて、散々望先生の擁護に回ったわけだが、ここからは僕が思うこの作品の『マズかった部分』を上げていこうと思う。

 僕の個人的な理想としては、これらの部分が修正されて出版し直してくれないだろうか。という夢物語を抱いているが、まぁそんなことにはまずならないだろう。

 

 まずは何よりも絵である。この問題が爆発的に広まったのは挿絵がツイッターで拡散されたからだ。

 あれはよくある構図などというつもりはない。おそらく望先生か担当編集側が意図的にキャラデザや絵の構図を似せるように発注したことは事実なのだろう。(違かったらごめんなさい)

 では、じゃあ、何のためにそんなことをしたのかという疑問。

 完全に妄想でしかないが、おそらく「ちょwwwキャラデザ似過ぎでやべぇだろこれwwww」「構図が全く一緒じゃんwwww怒られるぞwwww」という笑いを狙いたかったのだろう。

 構図を盗むためではなく、『咎められることを期待して』その上でポプテピピックのような『作者を見下す』ことで生まれる笑いを期待してああいう絵を発注していたのだと思う。

 でもそれがうまくいかず、炎上した。

 それは何故かというと異世界転生モノを普段好んで読む層は普段テニスの王子様を『読み込んでいる』人だけではないからだ。

 テニプリは国民的作品であり、誰もが知っているといっても過言ではないし、アニメはかなり多くの人が見たことがあるのだろう。だからこそ異世界転生モノや普段望先生の作品を読む層にも超次元テニスというネタやキャラデザの類似は伝わるが、しかし「原作何巻の何ページのここのコマに構図まで似せている」という(出版側としては)渾身のボケが【好意的な読者にだけ】気づかれないことが多発したのだろう。かくいう僕もその1人である。

 結果、普段から原作漫画が好きで読んでる層だけそれをすぐに理解しパクリであると嫌悪感を抱いてしまう結果となってしまった。

 なので逆に言ってしまえばどうせ伝わらないならここは別の構図の絵でも問題がなかったはずで、そこに読み違いが生まれてしまったのは残念だ。

 

 もう一つは技名の類似、これも上の件と同じような効果を望んで取り入れたが、より理解の深い人からすればパクリ認定、という残念な結果に終わってしまった。

 …………というより、「そもそも望先生ルビ振りの技名と通り名考える好きなんだから自分で考えてもよかったじゃん!!!! 何してんのさ!!!!!」というのが一ファンである僕の叫びである。まぁ、結局は後出しジャンケンなのだが。

 

 

 

 

 

 

 さて、最後になるが僕個人がテニプリファンに求めているのは、訴えを取りさげろ!みたいな的外れなことではなく、どうかその怒りを治めてくれないだろうか、という一点。

 2巻が刊行中止とGA文庫が判断した今。1巻も自主回収しろという意見が多いものわかっているが、もうこの作品は僕らラノベファンにとって大切な一つの作品なのである。

 【許斐先生や集英社が直接権利侵害で訴えるまでの間】だけでもどうか……どうか、この一巻をこっそり世界の隅っこで楽しむことだけは、どうか許してほしいのだ。

 もちろん許斐先生や集英社が問題視し、本当にGA文庫が訴えられるような自体になったとしたら潔く諦め一巻も手放し、この記事も取り下げる。

 納得できないのもしょうがない。好きなものを汚されたと思うのもしょうがない。テニスの王子様は許斐先生が汗水垂らして身を削って作り出した素晴らしい作品であるのも理解している。

 だけど、決してこの作品はテニスの王子様を冒涜するために書かれたものではないってことだけをわかって欲しいのだ。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。僕からは、以上です。