Three Months Journey.

アニメとか漫画とか小説とか、好きなものについて書きます

入間人間の『やがて君になる 佐伯沙弥香について』を読んだネタバレ無しの感想

乱文ですが、あなたが作品に触れるきっかけになれば幸いです

原作『やがて君になる』1巻を初版で買い、生きている中で一番作家として強く意識しているのが入間人間という僕がこの作品を読まない理由はおそらく地球を一周したって見つからなかったと思う。

さて内容については《至上》という他ない。『佐伯沙弥香について』というタイトルの通り、彼女という人間が形成されるまでの、いや、おそらくまだまだ生きている中で形が変わることもあるだろうが。しかし、その根幹とも言うべき『感情』がこの本読むことによってこれ以上ないほど見せつけられる。思い知らされる。この作品を読んでいるか、いないかによって原作であるやがて君になるの佐伯沙弥香の感情への解像度がまるっきり変わる。書かれている文章の一字一句全てがやがて君になるという作品そのものをさらに高めるために存在していると言っても過言ではないだろう。原作ファンは、安心してこの本に手に取って欲しい。

入間人間は言うまでもなくノベライズ作家としても非常に優れている。しかし原作を大切に扱うが故、自分の持ち味や、彼の場合おそらく多くの彼のファンが求めているであろうクセの強い作風を存分に活かしきれていないという意見がちらほらある。その意見はとてもよくわかる。今回も原作の雰囲気を一つも壊さず、とても綺麗に佐伯沙弥香という人間の奥底まで描いている。それが僕も含め普段入間人間に感情や心臓を叩きつけられて虐げられている読者からすれば物足りないのは当然である。
しかし『やがて君になるという作品を借りて入間人間が描くべきもの』としてこの作品はやはり正解だと僕個人としては思う。『やがて君になるという作品を入間人間が描いたら』という前提では不完全だが今回はそうではない。木の幹ではなく枝を描いたに過ぎず、枝が太過ぎるとそこから折れて地面に落ちてしまう。それでは本末転倒なのだ。

しかしあとがきにあるようにもし仮にこの作品に『その先』があるのだとしたら、やがて君になると言う作品がこのノベライズも通して大きく成長しさらに大きな大樹と成ったら、もしかしたら入間人間の描くやがて君になるが読める日が来るかもしれない。今はまだその時ではないのなら、僕はその日が来ることを信じていたい。もちろん、やが君の原作のファンとしても。

とにかく『やがて君になる』のファンでこの作品を読み、初めて入間人間という作家に触れた人は同じく入間人間仲谷鳰がタッグを組んだ『少女妄想中。』を読んで欲しい。きっとあなたの心に爪痕を残す作品になると思うから。

僕からは以上になります。

TVアニメ『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』第3話解説と感想。

ほら!だから青ブタ面白いって言ったじゃん!!

この記事も早くも3回目……えっ、あと10話しかないの? つら。

 


前置きに時間をかけている暇なんかないのでさっさと本題行きます。
3話は大垣での朝チュンからのスタート、まぁ二人には何もなかったわけですが……。せっかく勝負パンツ選んでたのに……どんまい咲太。
そうして行きとは違い新幹線で藤沢へ戻ってきて学校へ行く二人、ここで重要なのは学校に来てもすぐには『全校生徒が麻衣の存在を認識しているのかどうかがなかなかわからない』ということ。
学校に来ても『いつも通り』麻衣に話しかけてくる人や見ている人はいない。思春期症候群のせいで一人の人間が認識されていないなんて非日常が起きているかどうかすぐに二人には『判断できない』。そこに麻衣覚えている双葉がやってきて「国見は忘れている」と告げ、古賀に確認をしてようやっと確信を得られる始末。

つまり思春期症候群なんて関係なく学校内で麻衣の存在を認識しないということはただの日常的な現象でしかなかった。そして生徒に悪気があるわけでもない。むしろ悪気があればそれはその人を『意識』していることになる。それは今の状況に反する。
麻衣が自分のことを無視してほしいという『振る舞い』が空気に乗って伝染し全校生徒が無意識的にその空気を読んで、それが学校の外へも伝染し、そして思春期症候群としてあわられた。それこそがこの状況の『原因』。

双葉から『寝たら忘れるのかもしれない』と告げられる咲太。寝ている間は誰かを意識することができない。起きている間は誰かのことを考えることができるが寝ると自由にそれはできなくなるのでその隙に思春期症候群の力に飲み込まれる。次の日にあっさり双葉が寝て忘れていたのは、咲太は必ず翌日も自分にその話を降ってくると予測し自分が忘れることで仮説が正しいことを証明するためです。
咲太はもちろん全世界で自分だけが麻衣を認識できている唯一の人間なので解決の糸口が掴めるまで寝るわけにはいきません。しかし解決の糸口なんてものが本当に存在する確証なんてない。そんな状況でいつまでもそれを続ける覚悟の咲太。ちなみに人が寝ずに活動した世界記録は約11日ほどなので、咲太の睡眠不足自体はそこまでファンタジーではありません。もちろん本気で命の危険があるので真似してはいけませんが……。筆者自体は数年前バンド活動が忙しすぎてずっと作業してた時の3日が限界でした。まじで何も考えられなくなくなるのでマジマジのマジでやらないほうがいいです。

咲太の様子がおかしいのは明白なので(原作だとかえでにすら心配されてます)そこで麻衣が寝たら自分のことを忘れるから寝ないようにしていると気づくのは簡単です。麻衣がやめろと言っても聞かないのもわかっている。そこで睡眠導入剤を咲太に盛ります。ここでは予想通り「薬が高校生に簡単に手に入れられるわけないだろ」みたいな声が上がってますが、普通に薬局に行けば簡単に誰でも買えますし、今の咲太の極限状態だとおそらくただの副作用で少し眠くなる程度の風邪薬でも一瞬で寝てしまうと思います。
原作ではここで「今は辛くてもその辛さも一緒に忘れるから……」と咲太に別れを告げます。もちろん、起きても自分のことを忘れないでいるんじゃないかという期待を捨てきれずに、ですが。初見の時この麻衣の独白でアホみたいに泣いた。

そして翌日、試験最終日にやはり咲太は麻衣を認識できなくなってしまいます。麻衣のことを綴ったノートですが原作では理解不能と判断しあろうことかゴミ箱に捨てられます。「麻衣がノート処分(隠すことを)しなかったのはなぜ?」という声が上がってますが麻衣は咲太に忘れられることを望んでいるわけではなく、自分のために身を犠牲にしないでほしいと思っているだけなのでノートの存在に気づいたところでそれを処分する理由はありません。むしろそれで思い出してくれたら麻衣的にはハッピーエンドです。そうはならなかったわけですが。
学校へ行くと双葉から謎の手紙を渡される咲太。双葉は双葉でただ忘れたわけではなく布石を打っていたわけですね。しかし麻衣のことそのものを忘れてしまっている咲太はその手紙の意味がわからず仕舞い。
そのあと麻衣とともに勉強した漢字の問題がトリガーになり現代国語のテスト中に麻衣のことを思い出す咲太。ここの徐々に麻衣の顔が鮮明になっていく演出好き。

そして教室を飛び出し未成年の主張のシーン。って思った人はおっさんがバレてますよ。ってか俺でも世代ギリギリなのに今の若い子が知ってるわけないでしょ。
もちろん、双葉の手紙によってある程度の自信があって咲太は行動に出ているわけですがもちろん確信なんてありません。ではじゃあそもそもなんでこの告白が麻衣を救う手立てになるのかを補足していきます。
前回解説した通り麻衣は消えているわけではありません。そこに確かに存在しています。
例えば蚊が部屋にいたとしても存在が小さすぎてそれに私たちはなかなか気づくことはできません。刺されたとしても痒みが出てくるまで気づかないときすらあります。耳元で飛ばれてブーン、と音が聞こえてそこでやっと僕たちは「この部屋に蚊がいるらしい」と気づけます。そこから目で追うことができるようになれば姿ももちろん確認することができます。でもそうなるまでは存在していることにさえ気づいていなかった。つまりなんどもいうように存在してもしていなくても同じことになってしまう。人の認識なんて《目に実際見えている命のある生き物》でもその程度です。
麻衣さんも同じようにその存在が極端にまで認識されにくくなっている状態にあります。蚊に例えるとか麻衣ファンに怒られそう。なので咲太は全校生徒が麻衣を無視できなくなるほどに、その存在を知らしめる必要がありました。
だから告白。咲太が麻衣のことを大切に思っているという感情を学校中に知らしめて麻衣という存在を『到底無視できない』ようにする。そのために校庭へ出て、全員に聞こえるように、黒歴史になりそうなほど恥ずかしくて痛くて気持ち悪い告白をする人ようがあった。「あいつ、何馬鹿なことやってんの?」「なんでそこまでするの?アホじゃん」という無視ができないような咲太の奇妙な振る舞いを観測させ、今まで無視していたはずの麻衣を意識せざるを得なくすること。それが麻衣を世界に取り返す方法。

ここの告白について、共感性羞恥には辛いシーンであることはわかりますが、ここの咲太は当事者であり一番恥ずかしいのも咲太です。こんな押しても引いても叩いても何も言ってくれない空気と戦うなんて馬鹿らしい。そもそも解決法としてあっているのかすらわからない。世界に愛を叫ぶなんて馬鹿のすることだ。そう一番感じているのは咲太自身です。でもそれでも麻衣を世界に取り返すために咲太は迷ったり躊躇っている場合ではない。自分がどんなに悪評が広まっていてもそれと向き合おうとせず放置していた咲太はおそらく一番「愛を叫ぶなんて馬鹿だ」と思う人間です。そういう行動が『向いている』からしているわけではありません。
自分があいつらは馬鹿だなぁと思うような行動をするのはどんなことよりも難しいのは、多分誰でもすぐにわかると思います。自分という存在を他の誰かより進んで下にする人間はほとんどいません。だからアイツは自分よりも馬鹿だと、人間は無意識的にしろ意識的にしろレッテルを貼りながら安心して生きています。だから他人に「アイツ痛いよね」とか「恥ずかしいよね」とか思われるような行動を事前に人間は避けます。加えてそういうことをしている人間を馬鹿にする傾向があります。
咲太の告白が痛く見えるのも見ていて恥ずかしいのも当然です、痛くて恥ずかしいことをしているので、そしてそれは咲太自身も自分が今めちゃくちゃ痛くて恥ずべきことをしている現状を一番よくわかっています。でも空気と戦うなんて馬鹿だと思っていた咲太は麻衣のためにその自分の大切な信念をぶち壊します。まあそもそも咲太は他人のことなんて気にしないという国見に言わせれば『鋼の心臓』を持っているからこそできた芸当ではあるとは思いますが、それでも咲太はめちゃくちゃ自分がみっともないと思いながら校庭で叫んでいたのでしょう。

だからこそ、重度の共感性羞恥を持っている筆者もあのシーンは目が離せないものでありました。むしろ、この目を背けたくなるようなキツイという気持ちを自分は高い純度で感じていて、今咲太はこれと戦っているんだな。と別の視点から楽しむことができました。なので共感性羞恥を患っていてもそういう風に楽しめる人が増えてくれたらいいな、と思います。

全校生徒は無意識に麻衣のことを無視していたので、全員が麻衣を意識しはじめても「今まで無視していた」という意識はありません。なので自然に「あの病院送りの生徒あの有名人の桜島麻衣は一体どういう関係なんだ?」と無視していた存在から一気に気になる存在になってしまったので、おそらく無意識的に二人を無視することはこれから峰ヶ原高校の生徒はできなくなるでしょう。
麻衣が駆け寄って来て咲太は抱きしめようとして麻衣はそれに反してビンタを食らわせるシーン、マジで好き。作画の動きも素晴らしすぎてこれからも動きという観点でも期待できますね。



さてこれでバニーガール先輩編はおしまいです。「え?これ最終回?」とか言われてますが、いいえプロローグです。麻衣と咲太の二人はこれからも様々な思春期症候群にまつわる事件に苛まれます。まだ回収していない伏線も数え入れないほどあります。これからも引き続き視聴をお願いします。ついでにこのブログも。あと、何度も言っている通り、尺の都合上様々な描写がアニメではカットされています。もちろん短くしてもこの神がかった面白さにしているアニメスタッフには感謝しかないですが、それはそれとしてもっと深くこの物語を楽しみたい人はぜひ原作を買って読んでください。

さて、次回からはプチデビル後輩編です。こちらも咲太がめちゃくちゃかっこいい話になっているのでぜひ、ぜひよろしくお願いします。

では、また約一週間後に。

 

 

 

TVアニメ『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』第2話解説と感想。

どうも、あなたが今これを読んでいるということはとりあえず僕は毎週書くという約束が一週間は守れているということです。褒めてください。あと11回頑張ります。

さて、アバンは双葉のシュレディンガーの猫解説。といっても有名すぎる話なのでオタクのみなさんは解説なんかいらねーよと思うかもしれないですね。
しかし「なんでここでシュレディンガーの猫?」となった人はそこそこいると思います。原作だともっと丁寧に解説するのですがこのアニメの描写だけだと「それが思春期症候群となんの関係があるの?」という疑問を抱くのも無理はないと思うので補足していきます。
重要なのは麻衣に今起こっている現象の正体についてです。
麻衣に今起きている現象は周りから認識されなくなっているというものです。麻衣は存在が消えているわけではありません。確かにそこに存在はしているのです。ただそこにいるのにそれが認識されないという状況にあります。
猫が半分生きていて半分死んでいる状態なんて現実的に考えてありえません。かならず生きているか死んでいるかどっちか片一方の事象だけが世界に存在しているはずです。しかし残念なことに箱を開けなければ私たちはそれを《確認》できません。
同じように咲太の世界に麻衣が存在しながら他の人間の世界に麻衣が存在しないつまり半分存在して半分存在していない、なんて状況はありえません。麻衣は確かにそこにいます。でもそれが《確認、認識》できていないだけ。なのでもし仮に次の瞬間麻衣が咲太含め人類全員から認識されなくなっても、そこにいるという現実は消えないのです。
でも、それが認識できていなければ存在していても存在しないことと同じことになってしまう。つまり《現実》というものが捻じ曲げられてしまう。
そんな馬鹿げた話があるんだよ。ということを伝えるため双葉はシュレディンガーの猫と観測理論を引き合いに出したのです。
おそらく麻衣の思春期症候群は《存在感》というものに対して効力を発揮していると仮定できます。
(原作でも明確に解説されているわけではないので憶測を含んでいます。ご了承ください。)
スーパーのシーンで麻衣が持った人参が他人から認識されなくなっているのは、『人参が宙に浮いている』という麻衣の存在を《証明する》現象が認識されなくなっているということです。そもそも麻衣の今、着ている服が他の人から見えなくなっているのもそのためです
なので《咲太》という麻衣とは違う《別の存在》を他人の認識から消すことはできないので抱きつかれた咲太は他の人からも見える。ということだと思います。
なので実際どうかはわかりませんが仮に麻衣さんが紙にボールペンで文字を書いたとしたら実際は紙にインクが付着しているがその文字は麻衣さんの存在を証明してしまうものなので咲太以外には見えないという現象が起こると推測されます。なのでもしその紙が保管されたまま時間が進んで麻衣の思春期症候群が治ると真っ白に見えていたはずのその文字は他の人間にも見えるようになる。のかもしれません
。(憶測終わり)(鴨志田先生がどこまで考えてるかは流石にわかりません)

麻衣が活動休止した理由の話。まだ子供だったのに大人たちの中で『あの桜島麻衣』として仕事をしてきた麻衣は大人じゃないのに大人として振舞わなきゃいけなかった。自分を商品としてしか見ていなかった母への復讐として麻衣は『あの桜島麻衣』を辞めた。でも《仕事》を辞められても『あの桜島麻衣』をやめることは《世間》が許さなかった。どこを歩いても『あの桜島麻衣』だと指を刺された。
でも麻衣は《仕事》を辞めたかったわけではないと、咲太は見抜いていたわけですね。母に復讐したかっただけなのに、麻衣は自分の大切だと思っていたことも同時に手放してしまった。
そんな麻衣の本音を聞き出すために咲太はわざと麻衣の感情を逆撫でするような言動をしてビンタを食らう。さすがにビンタを食らうところまで想定していたかどうかはわかりませんが……。そして咲太はあっけなく麻衣に情報の出どころを吐かされます。主導権を握ったと思ったらすぐに奪い返される関係性がとても良いと思いますね。いやどっちかというと普通に麻衣が主導権持ちっぱなしですが。
咲太は胸の写真を提供することによって困るのは自分だけだと思い胸の傷の写真を提供しましたが、芸能界で活動してきた麻衣は咲太以上にマスコミの怖さを知っています。もちろん咲太は文香にはかえでのことは伏せていますが、麻衣はたとえそれでもかえでに迷惑がかかる危険性があると咲太に伝え、文香の連絡先を引ったくり自分の芸能界復帰のスクープを提供する形で咲太からは手を引いてもらうように取引をします。やっぱ麻衣さんかっこいい。
結局麻衣は咲太の小細工や文香の事情なぞ関係なしに芸能界復帰を決意していたんですね。そして咲太は世界なんて勝手に回っているんだなぁと思い知ります。でも実際咲太の存在は麻衣の支えになっていたのは言うまでもないですが。そして頑張った結果なのかどうなのか咲太は生まれて初めてのデート(仮)の予定を取り付けます。やったな童貞咲太。パンツはどうせ見られないから真剣に選ぶ必要はないぞ

翌朝、デート場所まで向かう咲太の前には公園で一人きりで泣いているロリ……じゃなくて少女を不審に思い近づいて声を掛ける。事案って言うな。案の定迷子だったのでナチュラルにお母さんを探そうと提案する。いやロリコンじゃねぇから。
そしてそこに足蹴りとともに現れたのは古賀朋絵。少女が襲われる中迷いなく不審者を攻撃できる勇気は素晴らしいが普通に朋絵の身が危ないので辞めてほしい。この子に関してはのちのち語ります。
ちなみに原作では咲太は最初は当然弱く蹴って古賀に「そんなんじゃ足りない!」と怒られて結局2度やり直しさせられ3回蹴ってます。アニメは尺の都合だろうけどいきなりフルスイングで蹴ってるから若干サイコパスに見える……。

そして無事(無事?)麻衣との待ち合わせに遅刻した咲太は律儀に待っていた麻衣を偽物認定しさらに怒らせる。なんとか許して貰えた(かは定かではないですが)咲太は牧之原翔子について語ります。
咲太が牧之原翔子に出会ったのは咲太が中三翔子が高二の時です。かえでの件で誰も信じて貰えず助けてくれなくて八方塞がりだった時に、咲太を言葉で救ったのが峰ヶ原高校の制服に身を包んだ牧之原翔子。病院送りの件で住んでいる場所を離れなければならず咲太は翔子がいるこの学校を受験しました。しかし通い始めて峰ヶ原高校に牧之原翔子なんて生徒は存在しないことが発覚。咲太が入学してきたときは翔子は高校三年生のはずで、転校したことを考慮して3年生のクラスを回っても誰も翔子なんて女生徒の存在は知らず、過去三年間の卒業アルバムを調べてもその姿は確認できませんでした。つまり最初から峰ヶ原高校には牧之原翔子なんて生徒は存在していなかったということになります。そうして咲太の恋は儚くも散っていったわけですね。
でも咲太は確かに事実として七里ヶ浜で牧之原翔子というお姉さんに会って救われています。それは咲太の記憶に焼き付いてます。一体どういうことなのかは、来年公開の映画『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』を見ましょう。いやそんなに待てないって人はぜひ原作を買いましょう。めちゃくちゃ面白いので。いや、まじ原作読んで。

そして七里ヶ浜での麻衣とマネージャーである母親のシーン。ついに肉親にまで思春期症候群の影響が及んでしまいます。
ここはゾッとする演出がとてもいいですね。いや麻衣にとっては全然よくない状況ですが。
当然差出人がわからないメールのために忙しい芸能マネージャーが予定を開けるわけがないので、20日、つまり5日前麻衣が母親にそのメールを出したときは少なくとも母親は麻衣の存在を認識していました。だから無理やり予定を開けていたわけですね。でも日が明けて七里ヶ浜に来るまでの間に母親は麻衣を認識できなくなってしまいました。

その後どうにか麻衣を一人にしないように咲太は遠くまで行こうと提案します。電車の中で咲太のイケメンっぷりがとても好き。こういう風に今自分がこうしたいと恥ずかしがらず素直に誰かに伝えられる主人公、最近は全然いないですよね。咲太はヒルに斜に構えてる訳でも交友関係をないがしろにする人間でもなく純粋に大切な人を大切にするために色んな決断ができる主人公です。ニコニコのコメントでは1話の時点では痛いテンプレラノベ主人公と言われまくってますがこれから話が進んで咲太の人間性と向き合って行くうちにどんどんその枠からは外れていくことでしょう。咲太は焼き回しなどではなく全く新しいタイプの主人公です。

話を戻します。さて、大垣まで来たものの残念ながら結局誰にも麻衣の存在は認識されず、当然麻衣がビジネスホテルの部屋を借りることはできません。なので咲太が借りた部屋で二人で過ごすことに。麻衣がシャワーを浴びている間、咲太は友人を助けを請うため国見に電話をします。「助けてくれ」と一言言っただけで深夜の電話だというのにすぐに「何すりゃいいの?」と聞いてくれるイケメンすぎる国見。もう国見と付き合えよ。いや彼女いるからダメか(そういう問題じゃない)ダメ元で聞いてみるとなんと国見は麻衣を覚えています。双葉にも電話で確認しやはり覚えている。肉親すら忘れていたのに。つまり双葉のいうように『峰ヶ原高校』に麻衣の思春期症候群の原因があるかもしれないということ。
ここの双葉の「前に国見が言ってたよ『ありがとう』と『ごめん』
と『助けてくれ』を言えるのが、梓川のいいところだって」ってセリフがめちゃくちゃ好き。原作だとここで咲太が「国見と双葉にしか言わないぞ」と返しているのですがカットされてて悲しい。あとニコニコのコメントで麻衣とのデートに遅れたとき謝らなかったじゃん。とコメントがありましたが事情説明している時にちゃんと誠心誠意謝ってるのでアニメではその描写がカットされてるだけです。
この後コンビニに下着を買いに行きますが当然店員からは麻衣が見えてないので咲太が一人で女性モノの下着を買ったようにしか見えてません。しかし咲太は普段から外に出られないかえでの代わりに生理用品や下着を買っているので感覚が麻痺して特に何も気にしてません。最近はむしろ店員の反応を見て楽しんでいるらしい。『さすが梓川、ブタ野郎だね』

一緒にベッドに入ってるのは最初は床で寝ようとした(かは定かではないですが)咲太をかわいそうに思って何もしないという約束で隣で眠るのを許可した結果です。責めないであげて。

 


とまぁ2話はだいたいこの辺りでしょうか。ブログ書くのに二日間かけてるんじゃないよ。まったく先が思いやられる。色んなところで青ブタ面白いじゃんという声が多くてとても嬉しいです。これからもどんどんどんどん面白くなっていくのでどうか青ブタをよろしくお願いします。マジでよろしくお願いします。原作もコミカライズもぜひ買って読んでください。とくに原作は読んでほしい。アニメはちょっと尺が短くて駆け足気味なので……。

では、次は三話放映後に。

 

 

TVアニメ『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』第1話解説と感想。

毎週書けたらいいなぁと思います。
書けなかったら後ろ指でも差して遊んでください。

 

さて、始まりました約束された神アニメ。僕は1話を十二回ぐらい見返しました。まぁ約束は実際されてないしコケる可能性はあるのでまだまだ安心はできません。なのでどうか支えてくれた嬉しいです。
アニメだけではわかりづらいところや知っといたほうがより楽しめる知識などを紹介できたらいいなと思ってこのブログを書いています。

 

アバンは5月29日の朝から始まります。不可解なノートを見た咲太が首をかしげる映像がここに挟まれるのはアニオリですね。でもモノローグはほぼ原作通り。
そのままOP。映像の解説をしていくとかなりのネタバレなってしまうので今は割愛します。


OPが終わりAパートは図書室のシーンから始まります。まぁ日付自体は覚える必要はありませんが、咲太と麻衣が出会ったのはゴールデンウィーク最終日の5月6日、後日麻衣が「自分が周りに見えていないと気づいたのは4連休の初日」と語っているので5月3日の憲法記念日に麻衣は江ノ島水族館に行ってることになります。原作でもこの日付と曜日は同じで図らずしも今年のカレンダーと一致してます(もしかして今年アニメ化なのは図ったのか?)3日は麻衣が夕方までえのしまにいたので自然に考えて4日以降から野生のバニーガールをやっていて、そして6日に湘南台にある藤沢市総合図書館にてかえでから頼まれた本『王子様のくれた毒リンゴ』著・由比ヶ浜かんな。を探しに来た咲太と出会います。これは架空の本ですがもし円盤が売れて原作が溜まって二期をやることになったならこの名前を覚えておくと「おっ?」となれるかもしれません。気になる方は原作を読みましょう。
少しだけ気になるのは原作では麻衣は決して『巨乳ではない』という設定なのにアニメをみてると「デカくね……?」ってなるところですかね。原作の挿絵の感じを見てもそこまで大きくないように書かれているのですが……。まぁだからなんだという話なんだけど。
順番が前後しますが7日の朝のシーン。咲太のために弁解しておきますが別に咲太は妹と日常的に同衾しているわけではなく、いつものように咲太の起こしに来たかえでがなかなか起きない咲太にしびれを切らして一緒に寝始めたところその重さで咲太が目を冷ました、というシーンです。つまりかえでがお兄ちゃん大好き妹なのが原因です。咲太に非はない。きっと。
そしてかえでがお兄ちゃんが好きすぎるのも実は深い理由がありますが、それはおるすばん妹まで伏せておきます。今言えるのは特に理由もなくお兄ちゃんが大大大好きなテンプレラノベ妹だと侮るなかれということです。お楽しみに。実際咲太には妹に興奮する性癖はまったくありません。多分ストーリーを追っていくと自然にわかっていくと思いますが。

さて、そのあとの登校シーン。咲太の通っている学校は七里ヶ浜高校(作中では峰ヶ原高校という名前に変わってます)なのでマンションの最寄駅である藤沢駅から江ノ電で通学しています。そこで咲太の二人《も》いる友人の一人である国見佑真とバニーガールがえろいっていう話をします。これ絶対周りの女生徒に聞こえてるよな。七里ヶ浜駅で降りて少し歩くともう高校につくので麻衣の話をしているのは校内道路です。人口密度が異常に高いのはほとんどの生徒が江ノ電通学なので必然的に固まってしまうためですね。(そのせいでアニメーターの作業量が大変なことになってますが……)
ここではまだ峰ヶ原高校の生徒全員が麻衣を認識してますが、しかし通学路で彼女に声をかける人は一人もいません。のちの国見から聞く話の通り入学から長い間学校に来なかった有名人という完全に異分子である麻衣に話しかける人はいないことが描写されます。これはハブられているわけではなく麻衣自身が望んでこういう状況を作り出すように行動しているので、いじめというよりはもし仮に麻衣に興味がある生徒がいても気軽に話しかけられないと言った方が正しいですね。僕も流石に自分の学校に堀北真希がいても絶対話しかけないし割とここのシーンはリアルな描写だと思います。同じ学校の生徒ともなると街中で偶然見かけたアイドルに声かけるのとは訳が違いますからね。
そしての登場です。国見の彼女である上里沙希。国見は本当にいいやつなので彼女持ちかよ死ねとか言わないであげてください……あ、上里は割とどうでもいいです。のちにこの子はファインプレーを起こすのですがまぁそれはそれこれはこれ。アニメだけ見てるとわかりづらいですが咲太が疑惑を否定しないせいで上里は本気で咲太を『クラスメイトを病院送りにする危ない奴』だと認識していているだけで別に個人に嫌がらせをしたいわけではなく彼氏を危険な目に合わせないようしている結果、まっすぐなので陰口を言わずに咲太に突っかかってきている状態ですね。まぁそこらへんを国見もわかっているので強く怒ったりしないんでしょう。でももし仮に咲太が本気で上里のことを嫌がって誤解を解こうとしているのに理解を示さなかったらきっと国見は迷わず咲太の味方をします。彼はそういう男です。マジで国見いい男だな目に毒だわ。
「別に国見と上里さんが付き合っているのを邪魔しているつもりはないんだけど」という台詞の通り、咲太は割と二人の関係に気を使ってはいます。ただそれでも突っかれた時に強く反発してしまうのは咲太側の『ある事情』に関係しています。それも今後明らかになっていきますので楽しみにしていてください。

そしてその何日後かはわかりませんが下校時七里ヶ浜駅にて盗撮を防いだ咲太がそのまま麻衣と江ノ電の中で互いの情報交換し、咲太は麻衣を自宅に招きます。ここで咲太が思春期症候群を信じている理由を説明するために自らの胸の傷モンエナって言うなと妹かえでの事情を麻衣に語る。そして部屋を覗きに来たかえでにデリヘルだと勘違いされてしまいます。ここのシーンの人見知りマックスなかえでがめっちゃ可愛いですね。原作だとこの後あいさつもままならなかったのに兄のお客さんである麻衣さん頑張ってお茶を入れて渡しにくるというかえでのひたむきさがわかるシーンがあるのですがカットされてて悲しい。この咲太家での一連のシーンの会話をよく覚えておくとのちのち「うお……」となるかも「どこが」とは言いませんが。ちなみにここ原作だと咲太は常にパンイチです。胸の傷を見せるだけなのに何故ズボンを脱ぐ必要性が……?

そのあとは咲太のバイトのシーン。もちろん名前は変わってますが藤沢のデニーズですね。そこには割と頻繁に女子アナの南條文香が押しかけて来ます。店長っぽい人もうんざりしてる声だったし割と営業妨害だと思うが。南條さんに関しては2話で語ると思うので割愛。

そして咲太のもう一人の友人双葉理央の登場です。僕の推しです。いや種﨑敦美さんの声ハマりすぎでしょ。彼女は一人きりの科学部員なので科学室を私物化してビーカーでコーヒーを作って飲んだり、アルコールランプでスルメを炙って食べたりしてます。薬品の味がしそう。さて、国見との会話でも出て来ていた『牧之原翔子』という名前、重要なので絶対に覚えておきましょう。まぁ会話の流れから察することができると思いますが咲太の昔好きだった女子高生の名前です。そのうち説明があると思うので今はこれくらいにしておきます。

そしてそのあとのシーンで麻衣がいつも利用していたつまり常連のはずの藤沢駅のパン屋に桜島麻衣なんて芸能人はしらないと言われます。(ちなみにここ本当にパン屋がありましたが2015年に閉店してしまい今は別の店が入っています)ここで咲太はある悪い予感が浮かびます。まぁ察せるとは思いますが2話まで伏せますね。そしてお腹をすかせて買い物もできず誰も頼れない麻衣が咲太の家の前で座り込んでいる麻衣にクリームパンを渡す。ここで1話が終わり。


いや、本当に丁寧に作ってくれているなぁと原作ファンとしても喜ばしいところです。絵もいいけれどとにかくキャストの演技が良い。会話劇が主になっているのでベテランが多いのも嬉しい。まだまだ導入部分ですがアニメ勢の反応もなかなか良さげでほっと胸をなで下ろしているところです。
まだまだ始まったばかりですが、どんどん面白くなっていくと思うのでどうかとりあえず『バニーガール先輩編』が終わるであろう3話まで見てください。きっと色々感じてもらえると思います。

では、また2話の放送後に。

 

 

 

 

全人類『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』を見てくださいというブログ。

どうもみなさんおはようございますこんにちはこんばんはおやすみなさい。これを書いてるのは深夜です。眠い。

2018年秋アニメが始まりましたね。今期アニメはSAO三期だったり禁書三期だったり近年を代表する百合漫画のやがて君になるだったり、期待できるアニメが多くてめちゃくちゃアツいクールですが、そんなバケモノアニメが揃ってるからこそそれに負けないぐらい輝いてほしい素晴らしい作品をみなさんに観測してほしいと思ってブログを書きます。

タイトルの通り『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』です。

この作品の原作はアニメ化もされているサムゲタンとか言うなさくら荘のペットな彼女』の鴨志田一(著)×溝口ケージ(イラスト)のタッグで描かれている電撃文庫から出版されているライトノベルシリーズです。

現在既刊8巻、10月10日には9巻が発売される人気シリーズで、毎巻『青春ブタ野郎は○○○○の夢を見ない』の○○○○の部分を変えて、ナンバリングがされていないのが特徴です。
7巻で第1章とも言える一区切りの話が終わり、現在は第2章の物語が始まったばかりというところですね。今後も非常に楽しみ。

 

今回のテレビシリーズでは1クールで
第1巻青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』
第2巻『青春ブタ野郎はプチデビル後輩の夢を見ない』
第3巻青春ブタ野郎はロジカルウィッチの夢を見ない』
第4巻青春ブタ野郎はシスコンアイドルの夢を見ない』
第5巻青春ブタ野郎はおるすばん妹の夢を見ない』までが描かれ、

そして来年には、
第6巻青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』
第7巻青春ブタ野郎はハツコイ少女の夢を見ない』の劇場アニメ化が決まっています。


この作品で一番重要なのは『思春期症候群』というワードです。
作中では症候群という名前通り病気の一種という扱いをされており(もちろん架空の症状です)簡単言うと『理論的、常識的には考えられないような現象が思春期特有の心の不安定さを引き金に発生する』というもの。
誰かの心の声が聞こえたとか、自分の未来を見たとか、誰かと体が入れ替わったとか、そういう不思議な現象に苛まれ、決まってそれは今の自分の悩み事だったり考えていることに関連している。
そんな現象が都市伝説のようにまことしやかに囁かれいて、しかしほとんどの人間や大人は本気にしていない。という舞台設定。


第1巻のヒロインであるバニーガール先輩こと桜島麻衣は天才子役、そして成長してからも有名女優として名を駆せ、とある事情で芸能界を引退した後も常に誰かに注目されていた。そんな毎日に疲れ『自分のことを誰も知らない世界に行きたい』という悩み事を抱え、それが『周りの人間が自分の存在を認識しなくなっていく』という思春期症候群を引き起こします。
最初は関係が薄い一部の人たちしか効力を発揮していなかったその症状も日時が流れていくとともにどんどん広まっていき、買い物すらできなくなってしまう。
そんな時出会った思春期症候群ととある縁のある主人公、梓川咲太が、彼女と共にその現状を好転させるすべを探っていく、というストーリー。

 

 

タイトルのせいでよくあるテンプレラノベという印象受けがちだが、主人公の人間性は独特で真摯、物語は先に進めば進むほど深みを増していき伏線もそこら中に張り巡らされている。という非常に完成度の高い物語になっています。


さて次は軽く、各ヒロインの解説をしていきたいと思います。

 


『驚いた……君にはまだ私が見えてるんだ』
バニーガール先輩:桜島麻衣
思春期症候群:他人から存在を認識されなくなる
朝ドラで爆発的にヒットした天才子役、しかしそれだけに止まらず成長した後も国民的人気女優の名を欲しいままにしていたが、ある日突然の引退宣言を行い芸能界から身を引いた。学校ではいつも一人で過ごしている。

 

 

『どうして明日になってくれないの!?』
プチデビル後輩:古賀朋絵
思春期症候群:次の日が訪れない
ひょんなことから知り合った咲太の学校の後輩、イマドキ少女。人間関係を円滑に進めることに執着しておりスマホのメッセージアプリは即返信する。博多出身でたまに博多弁が出る。ある先輩から告白される。

 

 

『私は私が嫌いなんだよ』
ロジカルウィッチ:双葉理央
思春期症候群:××が××いる
咲太の数少ない友達の一人。一人きりの科学部員。背は小さいが胸が大きい。頭が非常によく理屈に合わないことは苦手。咲太との共通の友人国見とも仲がいい。顔がいい。ある人に片思いをしている。

 


『お姉ちゃんのこと、全然わかってなかった……』
シスコンアイドル:豊浜のどか
思春期症候群:体が入れ替わる
咲太と同い年の金髪ギャルメイクの新人アイドル。スイートバレットというアイドルユニットに所属している。××××の妹。好きなものは桜島麻衣。実は頭がいい。

 

 

『お兄ちゃん、今日はかえでから重大発表があります』
おるすばん妹:梓川かえで
思春期症候群:心の傷が身体に影響を与えてしまう
咲太の妹。ネットでいじめられSNSの誹謗中傷を見ると体に傷が現れてしまう。今は学校に行かず家で過ごすことによって症状は現れなくなっている。お兄ちゃんが大好き。××の××が無い。

 

 

 

『ずっと、わたしにとっての夢でした』
ゆめみる少女:牧之原翔子
思春期症候群:????????
咲太が中学生の頃に出会った初恋の女子高生と同姓同名の中学生。捨て猫を発見した時に咲太と出会う。その猫を飼いたい気持ちがあるが親にそのことを打ち上げられず咲太の提案により一時的に梓川家に預け、猫を飼う練習のために頻繁に咲太の家に遊びに来るようになる。

 


『わたしはね咲太君。大好きな人には幸せになってほしいんです』
ハツコイ少女:????????

思春期症候群:????????
咲太が中学生の頃に出会った初恋の女子高生。実は××××××××××××。××××××××××××××××××××××××。

 

 

 

解説、とは。
後半、ネタバレを避けようとしたら何も書けませんでしたが、少しでも気になったらぜひアニメも映画も最後まで楽しんでほしいです。
欲をいうなら原作もぜひ読んでほしいですがひとまずはニコニコ動画で無料配信されている1話をみてください。そしてどうか3話までみてください。きっと何かが届くと思います。

どうか、どうか青春ブタ野郎シリーズをよろしくお願いします。

 

 

www.nicovideo.jp



こじつけ百合オタクこそBUMP OF CHICKENを聴くべき理由

BUMP OF CHICKENというバンドをご存知だろうか。


多分これを読んでいる人のほとんどが名前くらいは聴いたことあると思うが、よく

 

『あぁ!天体観測のバンドでしょ?!』

 

と言われるバンドである。

 

まあその通りであるので別に異論反論はないし天体観測は紛れもなく名曲なので特にその状況について語るつもりじゃないが…………今は僕が何が言いたいかがわかる人間だけがわかった気になって静かに頷いてくれていれば嬉しい。 

真面目に解説すると千葉県佐倉市で出会った幼馴染のホモ仲良し4人組で1996年に結成された今年もう活動22年に差し掛かろうとしているいい歳したおっさんたちのバンドである。
そう、多くの若者バンドマンたちを「前見えてんのそれ?」といいたくなるオールド・イングリッシュ・シープドック(画像検索)みたいな髪型にしたり、ベストアルバムやライブDVDもリリースすることをかたくなに嫌がったり、むやみにテレビに出ないことがロックバンドとして正解だという今も謎に充満している雰囲気の要因の一つになったり、客が気に食わなければ演奏を中断し曲の解釈違いをステージの上でライブそっちのけで正したりしていた、尖っているロックバンドの代表として時代を支配したバンドも(※イメージには個人差があります)もういい歳したおっさんなのである。メンバーは来年で40歳、まじかよ俺もびっくりだわ。

まぁベストアルバムも出したし今はライブDVDなんかばんばん出しまくってるし王様のブランチでもんじゃ食べるロケしたりするけど。かわいいかよ。

 

 

 

さて、スタジアムライブを開けばたった2日間で14万人を動員してしまう、もうすっかり国民的バンドとなった彼らですが、今回はそのバンドの海よりも深く空よりも高い魅力を皆様に懇切丁寧に解説する気など一ミリもなく、

 

 BUMP OF CHICKENの楽曲がどれだけ百合オタクのこじつけ解釈と親和性があるのかを、正史ガン無視の妄想オンリーで語っていきます。

 

真面目なBUMPファンが読んだら非常に憤慨する記事だと思うので冗談半分で読んでいただけるとたすかります。というより多分真面目な百合オタクも怒ると思う。

「こじつけなんて許さん!アーティストが思う楽曲像が正義なんだよ!」と憤る方はもちろんいると思いますが、これは何故こじつけ解釈と親和性が高いのかの理由にもつながってくる話ですがBUMPの楽曲の歌詞の特徴として描写をぼかすことが多いのです。
これは藤原の自分たちの曲がリスナーの人生のBGMになってほしいという想いから敢えてそういう形をとっていて。例えば藤原はラブソングとして歌詞を書いてはいなくてもその曲を聴いたどこかのカップルがこれは自分達の曲だと思って大切なものになるならそれはそれで正しい姿であり、望まれた形なのであると語っています。
そんな風に勝手に僕たちがバックグラウンドを組み立てて《これは自分のことを歌った歌だ》と解釈してもらえるようにあえてどんな年代でも性別でも関係性でも当てはまるように、情景を確定させてしまうような断定的な言葉を避けて作詞をしている。

なのでそれを僕らがイメソンにするのは当然の流れなのである。もちろん当然ではないのでこのブログ書いてる奴は頭が沸いてるんだなぐらいに思っておいてください。

 

これは、割とファンじゃない人間の中でも知られているかもしれない話ですが初期BUMPの楽曲に『アルエ』というものがある。1枚目のアルバムFLAME VEINというアルバムに収録されている曲で普通に聴くと内気な少女に自分に心を開くよう語りかける曲だが、実際はボーカル藤原が新世紀エヴァンゲリオンの登場キャラクター「綾波レイ」に本気で恋をして作ってしまった曲である。

アルエというタイトルはアールエー→RA→レイアヤナミ綾波レイからきている。


《僕の大切なアルエ 一人で見ていた夕焼け 僕もいっしょに見ていいかい? 僕もいっしょに居ていいかい? / ボクノタイセツナアルエ 本当はとてもさびしいんだろ 僕はいつでもそばに居る 僕がこれからそばにいる》


ご覧の通り、つまり藤原基央綾波レイの夢男子ということだ(は?)なのでやはりそのような文化に理解のある彼らが作った音楽を僕たちがイメソンとして嗜むのも自然の流れである。もちろん自然などではないのでこのブログ書いてる奴は取り返しがつかないほど脳みそが腐ってるんだなぐらいに思っておいてください。

 

さてそろそろ調子乗ってるとブログが燃え上がりそうなのでいい加減に本題に入っていこうと思います。
どんな形で楽しむのであれ、彼らの曲は素晴らしい楽曲だらけなので、少しでも興味を持っていただけたらと思いこのブログを書いています。CDを買おう、そしてあわよくばライブにいきましょう。

 

 

 

 《 普通の触れ方は知らないから 戸惑っていたら触れてくれた手に どれだけ夜をくぐり抜けても ずっと冷めないままの熱が 脈を打つ / 君がいるそれだけで 命の全部が輝く 凍りついた心に その鼓動が響き火を灯す わからないままでも側に 君の側に 一番近くに 》 8th ALBUM『Butterflies』より『ファイター』

完全にクラスで浮き気味の内気の少女に世間体を気にせず毎日話しかけてくれる活発系女子の百合じゃん。

まぁこれは漫画『3月のライオン』のために書き下ろされた楽曲なので実際は完全に零くんとひなたちゃんのことを歌っている歌詞なんですがそんなことは今関係ねぇ!!
いや、みんな推しカプに一組みは絶対これいるでしょ。想っている相手が存在するだけで命の全部が輝くんですよ。""わからないまま""でも君の一番近くにいるんですよ。完全に"""解ってる"""歌詞ですこれは。


はい、こんな感じで書いていくので非常にバカな記事です。どうぞお付き合いください。

 

 

《 出来るだけ離れないでいたいと願うのは 出会う前の君に僕は絶対出会えないから 今もいつか過去になって取り戻せなくなるから それが未来の今のうちに ちゃんと取り戻しておきたいから 》 6th ALBUM『COSMONAUT』より『宇宙飛行士への手紙』

はーーーーーーー尊いかよ。

推しカプの"くっつく前"まで想いを馳せてしまう百合オタクも少なくないと思いますが、これはそんな状況にぴったりの楽曲です。どれだけ一緒にいても言葉を交わしても触れ合っても出会う前のその人にはもう二度と出会えないんですよ。幼馴染百合もいいですが、高校入学して新たに出会って関係性を育んでいく百合もまたいい。

 

 

《 今 私が泣いていても あなたの記憶の中では どうかあなたと同じ笑顔で 時々でいいから 思い出してね 》 7th ALBUM『RAY』より『友達の唄』

みんな大好き負けヒロイン百合です。

 タイトルからわかるようにこれは『友達(にしかなれなかった女)の唄』です。誰がなんと言おうとそういう唄です。これが俺の""""現実""""であり""""世界""""だ。ドラえもん?リルル?うるせぇ!!!!!!(リメイク版映画ドラえもん鉄人兵団の主題歌です)

 

 

《 僕を無くしてもあなたでいられる それでも離れずいてくれますか ただその掌で撫でてください それだけで心を守れる 》 6th ALBUM『COSMONAUT』より『66号線』

リズと青い鳥、主題歌。

……やめて……石を投げないで、いや、ごめんって。
実際は藤原がBUMPのプロデューサー(男)に向けて書いた歌らしいですが、これでもラブソングじゃないって言い張るBUMPの図太さは見習いたいものがある。

 

 

《 君の生きる明日が好き その時隣にいなくても 》7th ALBUM『RAY』より『グッドラック』

推しの負けヒロインに言わせたいセリフNo.1

いや、こんなセリフを斉藤恵那とか露崎まひるとか菱川翠玉とかに言われたら僕の精神が持たないので正直言って欲しくないですが、言わせたい(支離滅裂な思考・発言)

 

 

《 僕は君を信じたけど 君が消えたらどうしよう 考えると止まらないよ 何も解らなくなる / いつか君と離れるなら いっそ忘れることにしよう 出来るのかな 無理だろうな 離れたくないな / 僕は君と僕のことを ずっと思い出すことはない だって忘れられないなら 思い出にできないから / ねぇ怖いよ 止まらないよ 上手に話せやしないよ 君は僕を信じてるの 離れたくないな / 見えなければ 死ななければ だけどそんなの君じゃないよ 僕は嫌だよ 君がいいよ 離れたくないな 》 5th ALBUM『orbital period』より『飴玉の唄』

クソデカ激重感情。

Cメロ丸々書きましたが完全に病んでます。が、BUMPとしてはわりと正常です。これを30歳そこらの人間が歌っていると思うとある意味興奮する。もちろん推しカプに当てはめても興奮する。百合ップルみんな口にしないだけでこれぐらいのこと思ってるでしょ(は?)

 

 

 

さて、ここまで読んでくれた人はなんとなく察しがついてると思いますがBUMPの楽曲は一般的なラブソングで多い思い出や出来事などの『体験』についての歌詞ではなく、僕と君という『関係性』にフォーカスを当てた歌が非常に多いです。そう、言葉選びそのものに世間一般的に百合作品で重要視されているであろうもの人間と人間の間にある『感情』が重視されています。これが百合オタクがBUMPを聞くべき理由の二つ目というわけです。もはや藤原基央が百合オタクな可能性すらある(ない)。ちなみにベースの直井由文は今年を代表する百合映画『リズと青い鳥』を履修済みです。まじかよ。

 

 

みなさんもぜひBUMPの曲を聴いてお気に入りのイメソンを探してください。そしてついでに彼らの曲の懐の深さを純粋に感じ取っていただければ幸いです。
懐が深いからこそ、様々な無理のある解釈も包み込むような優しさで溢れた曲が生まれるのです(曲解)
最近は一般向けになりすぎてつまらなくなったと思われがちですが、そんなことは全くなくじっくり聞くとさらに味わい深くなっているBUMP OF CHICKENをどうかよろしくお願いします。

 

 

 



P.S.最近の曲を中心に紹介しましたが、物語調の曲も素晴らしいです。『K』は絵描き(女)と猫(メス)と恋人(女)のトライアングル百合ソングですし、『かさぶたぶたぶ』は君(女)とかさぶた(メス)とあの子(女)のトライアングル百合ソングだと思って最近僕は聴いてます。かさぶたのメスってなんだよ。

 

 

 

 

僕らは皆不幸であるという幸福 - CIVILIANというバンドについて -

音楽に関しても何かブログを書いてみたいなと思ったので。

 

もともと僕は、って言っても最近はあんまり仕事がないのでご無沙汰ですが、知り合いのバンドやミュージシャンの方と関わって音楽ライターの真似事をしていたりしていたりしてます(いないとは思いますがこれを読んでいる方で音楽やっている方がいたらお仕事ください)


そもそもこのブログも布教のために始めたので「じゃあ、お気に入りの音楽について布教しよう」と思い、今回は一つのバンドについて紹介してみようと思います。

アニメとかの話題じゃなくてごめんなさい。ご覧の通り雑多なブログなので興味ある記事だけ読むぐらいのスタンスで楽しんでいただけると嬉しいです。でも全部読んでくれたらもっと嬉しいです。

 

さて、タイトル通り今回は『CIVILIAN(シビリアン)』というバンドについて、そしてそのバンドが去年リリースした『eve』というアルバムに沿って話していこうと思います。


……しかしその前に絶対語っておかなくてはいけないことがあります。それはLyu:Lyuというバンドの存在について。
そもそもこのCIVILIANというバンドはLyu:Lyuというバンドから『改名』したものです。
文学少年の憂鬱、ハロ/ハワユ、サクラノ前夜など多くの名ボーカロイド曲を生み出してきたボカロP『ナノウ』の本名名義『コヤマヒデカズ』をフロントマンとして、ベースの純市、ドラムの有田清幸の三人でLyu:Lyuという名前で活動をしてきました。

 

しかしそのバンドではフルアルバムを一枚しか出すことができませんでした。そう、出すことができなかったのです。世間や周りの人間からの評価が低迷し、本人たちの意思とは反して2枚目以降のアルバムを出すことが出来ず足踏みを踏む毎日。想像で補うことしかできませんが、その日々は三人にとって穏やかなものではなかったのでしょう。誰が悪かったとかそんなものを考えてももう意味がありません。もしかしたら彼らの楽曲が至らなかったのかもしれない、もしかしたら事務所の人間の聞く耳がなかったのかもしれない、もしかしたら僕たちリスナーの支えが足りなかったのかもしれない、でもそんなこと結局誰にもわからない。
曲を作っても作ってもそれが僕らリスナーに届かずに闇に消えていく、それが苦しくないわけがないし、ずっと昔から応援してきた僕は彼らがそんな状況に置かれていたという事実を知った時、本当にやるせない無くて怒りとか切なさとかそれ以外にも言いようのない感情に囚われるしかなかったことを覚えています。


彼らのそんな地獄のような状況に一筋の光が降り注ぎ、事務所を変え、タイアップなど周りの理解も獲得し、彼らはCIVILIANとして新しい一歩を踏み出すことになりました。

 

テレビやラジオで毎日のように流れてくる音楽は、結局は『評価されることができた音楽』であり、この世界にはその何倍も、いや、何千倍もの『評価されなかった音楽』が溢れています。
現代『良いもの』であれば必ず評価されるわけではありません。音楽も、漫画も、小説も、アニメも、どれだけ自分にとって心を打つ素敵なものであっても誰かにとってはそれは価値のないものかもしれないし、そもそもそのほとんどが『名前』すら認知されず消えていきます。

 

そんな『世界にとっての価値』になれなかったLyu:Lyuというバンド、僕は埋もれていいはずのものではないとずっと信じてきましたし、そしてこれからもこのCIVILIANというバンドがより多くの人の心を打つことを信じてこの文章を書いています。

 

好きじゃなかったらもう聴かなくていいです。
でもどうか一度『好きかどうか』を判断してほしいです。それが一番の望みです。

 

辛気臭い話になってしまって申し訳ありません。
前書きが長すぎるのはダメなブログの典型的な例ですね。
さて、彼らを知らない人はじゃあそもそもそいつらはどんな音楽をやってるバンドなんじゃい、と思う人もいると思うのでまずはその辺りを紹介していきます。

 

《 平凡な毎日ですら 今の僕にはとても困難です / 椅子から立ち上がる気力さえ無い 呆然と宙を彷徨って / 「作り笑いが嫌だ」なんて とんだ贅沢言ったもんだなぁ / 作り笑いすら出来やしないよ さあ今日は誰を憎んで過ごそうか 》 
アノニマス / Ly:Lyu

www.youtube.com

 

Lyu:Lyu時代を代表する一曲のひとつの歌詞です。イントロが終わって、最初の一発目のAメロでいきなりこれが歌われます。こんなバンド、なかなかいません。
一言で言うと彼らの音楽を一言で言い表すならば『社会不適合』がキーワードだと僕は思っています。
基本的にネガティブな歌詞であり、暗い曲調であり、ギターも歪んで、昼間の情報番組で流したら苦情がくるんじゃないかぐらい、日に当たるようなバンドではありません。
確かに誰からも褒められるような夢や希望で溢れた音楽は人々の心を豊かにし、そして背中を押してくれます。このバンドにはそのような働きは期待できません。

 

では、果たして彼らの音楽は『ダメな音楽』なのでしょうか。

 

もちろん人の数ほど答えはあるとは承知の上で、僕は『否』だと思います。
そもそも、人間はみんながみんな『社会に適合』できているのでしょうか。自分という存在を100%社会的に正しく適合できていると断言できる人って、もしかしたら一人もいないじゃないでしょうか。
毎日自然に笑顔になって、楽しいことだらけで、やりがいのあることで溢れていて、意味のある行動だけを続けて、そんな人間がいるんでしょうか。
対人関係でも仕事でも家族でもなんでもいいです、どこかで『折り合い』をつけて自分が生きていると思ったことはないでしょうか。
僕は世界が僕たちに対して優しいと感じたことは一度だってありません。常に試練が目の前に立ちふさがって、大切な人がいつだって自分を大切にしてくれるわけではなくて、誰から悪意を向けられることは一度や二度ではなくて、明日には何の前触れもなく災害で命を落としてしまう可能性すらあって……多分、僕らはそういう優しくない世界の中で自分の好きなものや大切なものを頑張って見つけてそれを目印に歩いているのだと思います。
だからこそ僕たち人間は『元気が出る明るい曲』を求めて、読んでいて『楽しくなれるような物語』を探して、一緒にいると『楽しい友達』に会いたくなって、それらのおかげで笑えているのではないでしょうか。
もちろん世界は素敵なものに溢れているとは僕も思います。しかし素敵なものを素敵であると感じるれるのは苦しみを理解しているからです。特別美味しいものしか食べたことない人は何が美味しいのか理解できないし、仲のいい友達を好きになれるのはどうしても好きになれなかった悪意と出会ったことがあるからこそ大切にしたいと願うのではないでしょうか。

 

明るく前向きな曲を聴くと励ましてもらえてるような、背中を押してもらえるようなそんな気分になると思います。
でもそれだけじゃ足りない夜が、一度や二度、人によっては数えきれないほど、あったりしたんじゃないでしょうか。僕にはありました。
周りには暗闇しか見えなくて、励まされても自分に価値を見出せなくて、背中を押されでもしたそのまま底の見えない奈落へ落ちてしまいそうな、そんな夜が。

 

そんな時に、寄り添ってくれたのが、僕にとっては彼らの言葉でした。
背中を押すでもなく、励ますでもなく、ただ静かにそこで苦しみを『代弁』してくれる。
CIVILIANは、そんな音楽を奏でているバンドです。

 

さて、このままいくと無限に長くなりそうなので、そろそろeveというアルバムの紹介をしていきます。

ちなみにAppleMusicではCIVILIANの楽曲を全部聴けるので登録している方はどうぞ。

eve

eve

  • CIVILIAN
  • ロック
  • ¥2100

 

 

 

 

[1] eve 
CDを再生してまず聞こえてくる歌詞を武器にしてきた彼らの『インスト曲』言葉もなくただ静謐に過ぎていく時間を表すようなアルバム名と同じeveというタイトルをつけられたこの曲は、誰にでも平等に明日が来ることは希望ではあるのかもしれないけど、でもいつでも明日をその『前の日』を永遠に彷徨い続けているような、そんな情景が浮かぶ曲、左チャンネルに乗っているノイズに混じったコヤマさんが喋っている『言葉』の内容は内緒で、リスナーへの言葉ではなく自分への言葉なので聞き取れなくても大丈夫だそう。曲は少しづづ静かに深みを増して、2曲目の一般生命論へとそのまま繋がる。

[2] 一般生命論
《 誰かの言葉だけじゃ 満たされない僕らは / 命の使い道を 決められずに彷徨った / さあ今 眼を見開け 答えを出せ / 借り物じゃない呼吸で 》
静かに展開していたeveとは打って変わっていきなり歌ギターベースドラム全てがアクセルベタ踏みで始まる激しい曲。
アノニマスのような彼らの得意な激しい演奏の上でまるでマシンガンのように言葉を並べて放つ曲。しかしそれは今までの繰り返しでは決してなく『歌だけではない』という意思を強く感じるCIVILIANの新しいアンサンブルを見せつけて来る。演奏が言葉を伝えるための道具としてではなく音楽があるからこそ高い純度で心に言葉が届くような、そんな曲に仕上がっている。

[3] 残り物の羊
《 病的に清潔な牧場の檻の一番奥で / 羊は震えていた 顔中に脂汗浮かべて / 「ああ次は俺の番だ きっともうすぐに声が掛かって / 先に行ったあいつらと 同じところに行くのさ」 》
《 しかし彼の予想に反して / 呼ばれてくのはなぜか別の奴ばっかり / 待てよ もしや まさかと思うが / 俺は最初から 必要とされていないのか 》
続けてまたしても休ませる気のないハイテンポな楽曲、牧場で飼育されている羊を主人公とした物語的な楽曲。自分が必要なのか、そもそも自分が何を願っているのかも定かではなく運命に翻弄される羊の焦燥は、人間界でも他人事ではないと感じさせる強い歌詞で歌い上げられる。

[4] どうでもいい歌
《 愛されたくて仕方なくて もう恥なんかかきたくなくて / とりあえずドラム4つ打ちにして ノリで受けそうな感じにしました / 聴いた奴らの声が浮かぶよ 「なんか明るくていいね」ってさ / はいはいどうせその程度 僕の音楽なんてそんなもの 》
音数が多いいかにも最近の邦ロック好きに受けそうなギターのディレイフレーズのイントロからドラムの4つ打ちがとともに言葉が紡がれる曲。アルバムで初めて聴いた時の衝撃が一番強かったのはこれで、真実で埋め尽くされている曲になっている。むしろ怖ささえ感じる。アルバムのリリースツアーではMCで「どうでもいい歌っていう曲をやります。でもこの曲で歌われていることは僕らにとっては " 全然どうでもよくありません " 」と叫び演奏された。純度100%の彼らの苦しみが反映されているからこそ、曲特有の説得力により心が強打されるような衝撃と力があるのかもしれない。

[5] 愛/憎
《 馬鹿馬鹿しくてさ 涙が止まらない / どうせ皆阿呆だ さあ輪になって踊れ 》
ドラマのタイアップにも使われたシングル曲。タイアップでも彼らのスタンスは変わらず自分たちの曲を奏でる姿勢が素晴らしい。辛気臭さはそこには存在せずにネガティブな感情だけでないそれに付随する狂気も織り込んだ彼らにしか演奏できない踊れないダンスナンバーのような曲。

[6] ハロ/ハワユ
《 幸せだろうと 不幸せだろうと / 平等に 残酷に 朝日が登る / 生きていくだけで精一杯の私に / これ以上何を望むというの 》
知ってる人も多いのではないだろうか、ボカロPナノウとしての代表作のセルフカバー。CIVILIANのためにバンドアレンジし、初音ミクではなくコヤマ本人が歌うからこその良さをうまく出している。彼らの曲を聴いたことがない人はとりあえず、聞き覚えのあるこの曲から聴いてみるのはどうだろうか。

[7] 赫色 -akairo-
《 幸せは仇となり 信じた奴から終わってく / この世界は彼等の 死体の上に築かれる / 傷つくのは優しさの 証だと嘯いて / 勲章だなんて宣う 本気で言ってんかよそれ 》
アニメのOPのタイアップ曲。この頃になるとサウンド的にも彼等の新しい挑戦が見られ始める。三人の音ではない別の楽器を組み合わせ、しかし決して邪魔にならずさらに音楽としての解像度を増させていく。Lyu:Lyuの頃には見られなかったアレンジだ。

[8] 言わなきゃいけない事
《 破裂しそうな感情も 言葉にしたら嘘みたいで / 君はきっと悔しいだろうな こんなもんじゃないのにってさ / たぶん 僕等 同じだろう 頭の足りない出来損ないさ / 人と人が 理解不能だと いつになっても分からないまま 》
引用した歌詞はAメロだがサビのキャッチーなメロディで紡がれる《 もしも心が透明ならば 誰も泣かずに済んだのに / 見えないからみんな怖がって 知らないから知りたがる 》の歌詞も素晴らしい。他人の心が見えないからこそ僕らは言葉が足りないし伝わらないし分かり合えない。そんなどうしようもない現実を歌うことによって、僕等は『苦しみ』を共有できる。なんの解決にもならないまま、でもその瞬間だけは僕らは孤独ではなくなるのだ。

[9] 生者ノ行進(Album Ver.)
《 さあ 腕を振って / 傷だらけの体で それでも歌えよ / 何もなくても 構わないから / 僕等は 行くのさ 明日を夢見て 》
アルバムバージョンではライブ会場でのオーディエンスのコール&レスポンスが収録されている音源に差し替えられている。ちなみに僕もその場にいたので声が含まれていたりする(絶対聞こえないけど)
コヤマ曰く、こういう風にコール&レスポンスをするバンドは苦手だったらしい。でも音楽で対話をして生きたいという想いとともに自らの意思で挑戦をした結果であり、オーディエンスの声を含めて初めてこの曲を完成できたという『奇跡』を僕はとても美しいと思う。僕らの苦しみを代弁をしてくれているCIVILIANの音源に僕等の声が合わさったのは、もしかしたら必然なのかも、しれない

[10] あなたのこと
《 あなたの事 そして僕の事 大嫌いな 夏の出来事 / 思い出すよ それでも生きて 僕らは出会えたんだから / 水の無い水槽の中 蹲って 泣いた僕らの / 悲しみは 美しさは 何一つ 無駄じゃなかったんだ きっと 》
おそらくこのアルバムで一番コヤマの『個人的な曲』だと思う。そして僕が一番好きな曲でもある。アルバムの中で一番歌詞の文字数が多く、詰め込まれているのでとにかく情報量が多い、目まぐるしく情景が浮かんでそしてその全てをコヤマの個人的な記憶であり僕らは共有することができない。明らかに他の楽曲とは毛色が違う。個人的な解釈ではあるがこの曲はLyu:Lyu時代の『Y』という曲と同じ人物について歌っているような気がする。『あなた』との記憶は、決して良いものとは言えず、大嫌いな出来事であり、思い出したくもないことで…………でも、何一つ、無駄じゃなかった。
もちろん正解は本人にしか分からないので断言はできないが、近い温度を感じる。

[11] I'M HOME
《 見えないから 聴けないから / 分からなくて 逃げ出したよ / さあ帰ろう もう帰ろう / これ以上は行けないよ / 足跡が少しづつ 遠くなっていく 》
優しくて、そして苦しい、CIVILIANの真髄をこれでもかと表した曲だと思う。もちろん激しい曲も好きなのだがCIVILIANに改名してからのバラードはどれもこれも甲乙つけがたいほど素晴らしい。とめどなく溢れて行く感情を全てすくい上げるような、そんな歌と演奏が光る曲。

[12] 顔
《 こんな顔が あるから今日も / どこかで誰かがまた泣いてる / もしも皆 同じ顔で / 生まれてきたなら 誰も悲しまずに済むだろうか / 痛みと傷をみせないままで 誰もが笑っている 》
CIVILIANになってから現在までで唯一タイアップでは無いシングル。タイトルからわかる通り、この曲は「顔」についての歌だ。自分の顔のコンプレックスについて歌うバンドマンがはたして今までいただろうか。
コンプレックスというものはみなそれぞれ抱えていて、それはおそらくほとんど完全に解決などせずに長い時間が過ぎてしまうものであると思う。
この曲は決して個性などという言葉で励ましてコンプレックスを取り払う歌ではない。
そんなことは簡単にはできないとCIVILIANは分かっているのだ。
だから、この曲の歌詞にはコンプレックスを解消させるような言葉は含まれてない。
コンプレックスを抱えたままで、常に誰かと比べられて、自分でも周りとの違いを気にして、でもそれと同じようにただただ平等に、みんな同じようにそれでも日々を生きていって、それでも歩くしかないと、残酷だけど優しい「真実」のみを歌いそこには一切の「嘘」がない。だからこそ、それは安らぎになり、心に響く。

www.youtube.com

[13. 明日もし晴れたら]
《 自分さえも分からない僕等はこれから さあ何をしようか / 絶望でも悲しみでも終わらせられない命が待っているよ / もうどこへだって逃げられない 》
最後の曲。アレンジこそ練られてはいるが非常に素直なバラード。コヤマヒデカズの本領を発揮するのはこういう曲だと思う。メロディといい歌声といい全てがそこにあるのが一番いいと断言できる曲を毎回作ってくれる。どんな絶望や悲しみを抱えていても結局僕らは生きて今ここにいて、そして何処へも逃げられない。最後の最後で現実を突きつける曲、でもそれは僕らに対しての『攻撃』では無い。なぜならそれは全員同じだからだ。誰もが平等に同じ速度でどれだけ辛くても明日へ向かっていくしかないし、生物である限りその途中で必ずどこかで野垂れ死ぬ。でもそれまでは紛れもなく自分の命で、何処へだっていける。何処へも行かなくてもいい。
だからこそ、明日もし晴れたら、僕らは何をするのだろうか。それは明日晴れたら考えればいいのだ。
アルバムの最後に明日の歌を入れるというドラマも、とても気持ちいいがいい。


[14] メシア(2017.9.5 at Aobadai Studio)
このアルバムから僕らを知ってくれる人に聴いてほしいと収録されたボーナストラック。
この曲に関しては僕がどうこう言うよりも実際聴いてもらってそれぞれが感想を抱いてもらうのがいいだろう。

www.youtube.com

 

 


背中を押すでもなく、励ますでもなく、ただ静かにそこで苦しみを『代弁』してくれるCIVILIAN。
それはもしかしたら、諸手を挙げて褒められるような音楽ではないのかもしれない。
生きづらい世界を作っているのはもしかしたら自分自身かもしれない。誰かのせいにすることなんてできなくて、明日に希望を持てない僕らは失敗作なのかもしれない。


でもCIVILIANは一つだけ、僕らにある『幸福』を届けてくれるバンドだと、僕は思う。

 

確かに苦しみは分かち合えないし自分だけのもので誰も代わってはくれない。
でも、代わる間も無くぼくらはみんな不幸なのだ
それは、もしかしたら幸福ですらあるのかもしれない。

 

そんな、僕らは皆不幸であるという幸福をCIVILIANは僕らに届けてくれる。

 


願わくば、彼らの音楽がまだ見ぬあなたの人生を照らす光の一部になったら幸いです。